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東京地方裁判所 昭和45年(刑わ)7500号 判決

主文

被告人両名を各懲役三月に処する。

被告人両名に対しこの裁判の確定した日から二年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、ほか百数十名の学生らと意思を相通じ、昭和四五年一一月三〇日午後一時三八分頃、正門を閉鎖し通路を金網柵で遮断したうえ、部外者の立ち入りを禁止していた東京都文京区弥生一丁目一番一号所在の東京大学地震研究所(同所所長事務取扱力武常次管理)構内へ、同所南側通路の金網柵(高さ二・二四メートル、巾一六・三メートル)にロープをかけてその東側部分巾約九メートルを引き倒して乱入し、もつていずれも故なく人の看守する建造物に侵入したものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)省略

(弁護人らおよび被告人両名の主張に対する判断)

弁護人らおよび被告人両名は、(1)被告人両名らが侵入したとされている土地(以下、本件土地という。)は東京大学地震研究所(以下、研究所という。)の建物に附属する囲繞地ではないから本件土地に立ち入つたことをもつて研究所の構内に侵入したということはできない、(2)かりに本件土地が研究所の構内であつたとしても、被告人両名は、本件土地が研究所の構内であるとは考えておらず、したがつて研究所の構内に立ち入るとの認識なく本件土地に立ち入つたものである、(3)研究所当局の本件土地に対する部外者の立入禁止措置ならびに金網柵の設置は、研究所職員組合と団結して研究所当局に対して団体交渉その他の団体行動を行なおうとしていた「石川君と連帯する全学闘争委員会」(以下、全闘委という。)を排除することにより、研究所職員ならびに職員組合の弾圧を意図したものであつて、管理権の濫用であり、違法かつ無効なものであるから、被告人両名らが右立入禁止措置に違反したからといつて被告人両名らは研究所の構内に不法に侵入したことにはならない、(4)被告人両名らの本件土地への立ち入りについては当時の研究所所長事務取扱力武教授の推定的承諾があつたから、被告人両名らは研究所の構内へ不法に侵入したことにはならない、(5)本件立ち入り行為は地震研究所闘争の一環として行なわれたもので、目的において正当であり、手段において相当であり、緊急にしてやむを得ない措置であつたから正当行為であつた、と主張するので、これらの点について判断する。

前掲各証拠ならびに第八回公判調書中証人笹井洋一の供述記載、当公判廷における証人塩川喜信、同三浦義治、同平田安宏、同桜井和子、同丸山卓男、同山口林造、同宮崎務および同石川良宣の各供述によれば、つぎの事実が認められる。

(1)  昭和四五年八月二八日研究所において、研究所の宮村教授に対し、臨時職員であつた石川良宣が定員化(非常勤職員を常勤職員とすること)等の要求をしたことから掴み合いの喧嘩となり、両名が負傷する事件が起きた。

(2)  これが契機となり、研究所の職員組合は、臨時職員の不安定な地位に特に配慮するようになり、「非常勤職員を定員化するよう東京大学総長に交渉せよ。」との要求を掲げ、同年九月中旬頃から研究所所長等を相手として団体交渉をもつようになつた。

(3)  他方、同年同月二八日頃になつて、研究所当局の態度に抗議して石川良宣が研究所の玄関前でハンガーストライキに入つたところ、石川に同情するとともに、臨時職員の制度に関心をよせる学内学外の多数の者が石川を支援し、研究所当局に抗議するため同年一〇月一日頃から連日昼頃に研究所へデモをかけ、研究所玄関前で集会を開くなどして、同月六日頃になると、これらの者は、前記全闘委を結成し、さらに同月一五日頃からは東京大学の学生にも呼びかけて全闘委に参加させ、全闘委の名の下に連日昼頃前記同様のデモをかけ、集会を開く、などするほか、無断で研究所の建物に立ち入り、所長、事務局長、教授等のもとに押しかけて、個別的にその責任を追及したり、所長室を占拠したり、あるいは研究所当局と職員組合との団体交渉があるときは、その終了するのを待つていて、引き続き所長、事務局長、教授等に対し個々的にその責任を追及し、夜一〇時頃になつたこともある。

(4)  研究所の多くの教授等は、これら全闘委からの執拗な追及を嫌つて、最初のうちは昼頃になると姿を隠すなどしていたが、同年一一月頃になると出勤すらもできなくなり、研究所の業務は事実上麻痺するに至つた。

(5)  そこで、同年同月二〇日頃、研究所の教授会では、全闘委のデモの来襲などを防いで、業務の正常化を図るとともに、職員組合との正常な話合の場を作るために、研究所の周囲の通路を金網柵で遮断して部外者の構内(なお、本件土地が研究所の建物を囲繞する土地であり、その西端は塀および研究所の正門で区分され、その南端は灌木等の植木とテニスコートの金網で区分された右建物の表側に面する土地であつて、東京大学の敷地の一部であるとともに、客観的には研究所の構内とみられる土地である。)への立ち入りを禁止することを決議し、同月二一日附をもつて研究所所長が東京大学総長から右土地の管理権の委任を受け、この権限に基づき同月二九日研究所所長事務取扱力武常次において、警視庁機動隊の援護のもとに金網柵を構築して研究所の周囲の通路を遮断した。

(6)  同年同月三〇日午後一時過ぎ頃、全闘委に属する被告人両名ほか百数十名の学生らは、この措置に抗議するとともに、それまでどおりのデモをかけ、抗議集会を開くため、研究所南側通路の金網柵外へやつて来て、本件犯行に及んだ。

(7)  右全闘委は、本件犯行当時、団体として通常具有すべき構成員、意思決定機関、執行機関、代表機関などについての規則も定かでなく、責任の所在すら不明の集団で、研究所職員組合とは別個独立に存在していたものであり、犯行後の昭和四五年一二月一五日研究所当局に対し、正式に文書で団体交渉を開くよう要求するまでは団体交渉の申入すらしたことがなかつた。

以上認定の事実に照らすと、前記(1)、(2)および(4)の主張の理由がないことは明らかであり、また、いわゆる全闘委は、研究所当局に対して団体交渉の当事者となりうる組織ではなかつたのみならず、研究所当局が全闘委を排除することにより、研究所職員ならびに職員組合の弾圧を意図したものとは認められないから、管理権の濫用を前提とする(3)の主張は理由がなく、最後に、全闘委が行なつた地震研闘争は、右に認定したとおりであり、その一環としてなされた本件犯行は、その目的において首肯しうる点が存するとしても、手段において社会通念上許された限度を超える行為であつたといわざるを得ず、この点に関する(5)の主張も理由がないことに帰する。

したがつて、弁護人らおよび被告人両名の主張はいずれも採用することができない。

よつて、主文のとおり判決する。

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